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夫婦喧嘩は大事?主原因の「育児分担」と「義実家問題」の解決法

夫婦喧嘩

主人とは付き合っているころからなにかと口喧嘩することが多く、喧嘩をするたびに自分も主人も不満をため込むことなく相手にぶつけ、二人で今後はどうしたら良いのか話し合って仲直りをするということを何度も繰り返してきました。

しかし、結婚してからあるテーマについて喧嘩をすることが多く、そのテーマについてはなかなか折り合いがつかないまま終息することが多いことに最近気づきました。喧嘩することは夫婦にとって必要なものなのかを考えてみたいと思います。

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私と主人にとっての喧嘩とは?

付き合っているころはお互いまだ20才と若く、血の気も多かったこともあり、デートに遅刻しただとか、誕生日を忘れられていただとか小さなことで喧嘩することが多かったように思います。

本当にしょうもない喧嘩の内容でした。結婚してからは、お互いに仕事をしていたので家事の分担でぶつかることが多かったです。

結婚した当初もまだまだ20代前半で若かったので、お互い譲らずに喧嘩することが多く、アパートの寝室のドアが壊れるほどの喧嘩をしたこともあります。

それでも落ち着いたころに二人で話し合い、自分と主人の意見をそれぞれ盛り込んで、例えば料理は私担当、掃除は主人担当などとルールを決めることで終息しました。

しかし、子供が産まれたことでさらに育児分担についてぶつかることが多くなりました。さらには結婚で義実家との付き合いも増え、私の常識が相手の非常識・相手の常識が私の非常識というのを非常に痛感し、主人と言い争いになることが増えました。

喧嘩して、ルールを決めるも、なかなかそのルールを守ってくれず、また喧嘩するという悪循環も出始めました。そこで私はどうしたら良いのか考え直すことにしました。

夫婦喧嘩の原因の「育児分担」について考え直す

子供に絵本を読む家族

赤ちゃんが産まれることで、私は育児休暇をいただくことになりました。

主人からしたら、ただの「休み」。私からしたら、「育児のために休暇をいただいてる」という感覚でした。

どう違うかと言うと、主人は「仕事していないんだから家のことを全部しろ」という考えで、私は「育児をするために休暇をいただいているのだから、家事は今まで通り分担をしたい。今、主人が家のことからすべてを解放されてしまうと、私が職場復帰した時にまた家事をやりだすとは思えない。育児は私がメインで行うから、家事は分担したい。」という考えでした。

私の伝え方が悪かったのか、家事は今まで通り掃除・ゴミ捨てはやってくれるのですが、赤ちゃんとは全く触れ合おうとしませんでした。夜泣きも酷く、「うるさい」と言われることも。当時はなんで「私ばっかり」という感覚が強く、主人につっかかることも多かったと思います。

育児休業を終えてからは、正社員のまま短時間勤務を利用して職場復帰をしました。

育児・家事に加え、仕事も始まって毎日忙しい私は「たまにはご飯くらい作ってほしい」と怒ることもありました。しかし、主人からしてみれば「料理はお前の担当だろ」です。

子供が熱を出して仕事を何度も何度も休まなければならない状況も続き、「私だって正社員なんだから毎回仕事休むのはつらい」と主人に伝えても、「俺は休めない。育児はお前がメインでするんだろ?」の1点張り。発狂しそうになりました。

そこで改めて自分の考えを見直してみると、自分自身がダメな部分がありました。それは、「なんで私ばっかり」と考えていることです。

相手が頑張っている部分を認めず、自分が頑張っていることばかりを相手に主張しているから喧嘩になるのだということに気づきました。

贅沢さえしなければ主人の稼ぎだけで食べていけないわけではないので、ここは意固地にならず私が家庭に入ったら丸くおさまるのではないか?と考えました。

すぐに仕事を辞め、育児や家のことは私がメインでするようになりました。おかげで主人にも少し余裕が出たのか、子供と触れ合ってくれることが増え、今は小学生になった子供はすっかりパパっ子になりました。

喧嘩で重要なことは、まずは相手の頑張りを認めるということだと気づかされました。

自分が相手の頑張りを認めていなくて不満ばかりをぶつけていたら、相手も自分のことを認めてくれるのは難しいものですね。

義実家問題は別問題!だと思っていました

義母と嫁

上記でも述べましたが、相手の頑張りを認めなくては始まらない、そんなのは義実家には通用しませんでした。

私の常識は義実家にとっての非常識で、義実家の常識は私にとっての非常識でした。

ことの発端は、祖父の入院費請求事件。結婚して間もないころ、主人の祖父ががんのため手術を受けることになったのですが、退院が近づいたある日、義母から「入院費が払えないから払ってほしい」と連絡がありました。

私も主人も祖父が手術を受けること自体知らされておらず、寝耳に水です。しかし、私も主人も働いていてお金に困っている状況ではなかったので、助けたいと思い支払いました。

その後、祖母が認知症で徘徊が始まったから、介護を助けて欲しいと言われました。義母は1人っ子だったので、他に頼れる人がおらず主人を頼るしかなかったのだと思います。

主人は3人兄弟の真ん中だったのですが、情に熱い人で、「祖母の面倒を俺もみたいから、実家の近所に家を建てたい」と私に相談してきたので、私も承諾をしました。

近所に引っ越ししてからは、義母とうちとで交代で祖母の面倒をみました。しかし、主人のことを可愛がっていた祖母は私に対して結婚当初から風当りが強く、私が介護をお手伝いしにいっても良い顔はしませんでした。

ですので、夕飯は自分のうちで調理をし、主人に祖母の家まで届けてもらうことにしました。

認知症が酷くなり、施設への入所が決まったのですが、その時に義母から「借金で首が回らなくなった。闇金にも手を出してしまっている。助けてほしい。」と主人に相談がありました。主人も「助けてあげたい」と私に相談をしてきました。

私は今まで何も言わず、主人の意見を尊重してお手伝いしてきた気持ちが強く、ついに爆発をしてしまいました。

主人は独身の頃から義実家を金銭的援助をしていて、私と結婚した頃には数百万円の借金があることが結婚後に発覚しました。その借金を私が独身時代に貯めていた貯金で返済し、生活も落ち着き、子供も3人めぐまれ、介護も落ち着いて普通の生活がもうすぐできると思っていたのに、次は義実家の借金。なぜうちが肩代わりをしなければならないのかと怒り爆発。

しかし落ち着いて考えてみると、祖父も病に倒れ、義母は認知症という問題を1人っ子である義母は1人で抱え込んでいたストレスは計り知れないものだろうと思いました。

誰しも子供の世話になんてなりたくないものだと思います。そんなプライドを捨ててまで主人に相談するということは、よほど困っているのだろうと考えました。

主人も主人で、「そんな借金は知らん!自分でなんとかしろ」と突き放すのではなく、家族の一員である私に相談してくるというのは勇気がいることだと思いました。

突き放すのは簡単だけど、その問題を自分も背負い込むというのはすごく力がいることだと思います。

私は主人と義母の申し入れを受け入れ、肩代わりをすることにしました。

義母はどんぶり勘定なので、自分のお金の流れを把握できていないのも借金の原因だと感じたので私が家計をみることになりました。

借金肩代わりから2年経ちましたが、今では数百万あった借金が今では残り数十万です。私の家計のやり方についてきてくれている義母にも感謝しています。

ここでも学んだことは、相手の頑張っていることをまずは認めるということでした。

最後に

夫婦にとって喧嘩というのは当たり前だと思います。

自分の言い分ばかりではなく、相手の言い分にもきちんと耳を向けて、お互いに納得したルールを作っていくことが必要なのだと思いました。

せっかく縁があって夫婦になったのだから、相手の嫌な部分だけでなく良い部分に目を向けていったら、きっと素敵な夫婦になっていけるのだろうと感じております。

人間はみんな嫌なところも良いところもあるのですから。

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