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哀しい別れを経験した女性

3度の男性との別れを踏み台に、結婚相談所を利用して結婚したリアル人生記

更新日: 2018年10月27日

現在、私は43歳です。7歳の女の子と5歳の男の子を育児中の専業主婦です。今の主人とは結婚相談所を通して知り合い、結婚いたしました。

私は、主人と出会うまでに3人の男性とお付き合いし、別れた経験があります。もちろん主人には内緒にしております。その別れた理由やエピソードについてお話したいと思います。

時間にルーズな彼との別れ

待ち合わせ場所で待つ女性

1人目にお付き合いした男性は、私が23歳の時に出会いました。当時の私は、大学の後に情報処理系の専門学校に通っていた学生でした。

少しでも学費の足しにと、学校が終わった後に、近所のパン工場で18:00~22:00の4時間、時給1000円でアルバイトをしていたのです。そのアルバイト先で彼と出会いました。彼は、大学を中退した後、大好きな馬の厩務員を目指し北海道で修行をしていました。

しかし、膝の故障などで厩務員になることを挫折し、戻ってきてパン工場でアルバイトをしていたのです。いわゆるフリーターでした。

彼との初デートは、競馬場だったのを覚えています。彼は、私と全く同じ時間帯(18:00~22:00の4時間)で働いていました。

しかし、彼は、その時間帯での仕事以外は何もしていませんでした。彼はたった4時間の仕事であるにもかかわらず、遅刻をしたり休んだりすることがありました。

私は、彼とお付き合いしながらも、仕事に対する彼のいいかげんな姿勢が気になり始めていました。

私は、(彼は、4時間の仕事でさえ遅刻をしたり休んだりするのに、これからの私とのデートでは約束の時間とか守れるのかしら?でも、私にはそういうことはしないだろう。)と、心配しながらも、変な自信を持ちました。

しかし、ある時、やはり心配していた事が起こりました。年が明けてすぐに、彼と初もうでに行こうとデートの約束をしました。

午後2時に私の家に車で迎えに来てくれることになっていました。しかし、約束の時間になりましても彼は来ません。しかも何の連絡もありません。

彼の携帯にかけてみたのですが通じません。仕方がないので、彼の家の固定電話にかけました。すると彼のお母さんが電話にでました。

私が「彼はおりますでしょうか?」とたずねると、彼のお母さんは、2階の彼の部屋へ様子を見に行ったようでした。その後、あわてた様子で電話口に戻ってきたお母さんは、「今、寝ているみたいなの。あの人起こすの大変なのよ!!」と信じられない返答でした。

それでも、お母さんにやっと起こされてた彼は、電話口で「もしもし。体の具合が悪いみたい。」とあきれた一言でした。

私は裏切られた気持ちでいっぱいになりました。連絡さえしてこない彼の不誠実な態度に情けなさとで悔しさで悲しくなりました。

後日、彼と大喧嘩をしました。そのエピソード以来、私と彼との間にわだかまりができました。

彼とはトータルして5年間ほどお付き合いしたのですが、いつまでもフリーターでいる彼とはけんかばかりしていました。彼と結婚できればいいと私が真面目な気持ちで彼と付き合っていたからだと思います。結局、彼とは別れました。

会話のない彼との別れ

会話のない男女

2人目の男性は、私が29歳の時に出会いました。

母の幼なじみからの紹介で彼とお見合いをしたのです。彼は、高校を卒業した後すぐに大手の自動車販売店で働いていました。

私は、30歳手前でしたのでそろそろ結婚したいと思っていました。

1人目にお付き合いした男性がフリーターでしたので、しっかり定職についていて、働き者の彼がとても素敵に見えました。

彼とは2年間ほどお付き合いしたのですが、彼が私に親切だったのは、最初の時期だけでした。彼は常に仕事のことが頭にあり、忙しいという言葉をよく連発していました。

お互いに結婚の話しで盛り上がるどころか、彼の私に対する態度は、日に日に冷たくなっていきました。まるで結婚することが面倒で迷惑そうでした。それでも夏休みや年末年始を利用して彼と韓国旅行へ行ったことを思い出します。

付き合って2年目、年末年始に行った韓国旅行で私から彼に「付き合ってもう2年目になるから、そろそろ結婚の方向へ進まない?」と言いました。けれども、彼からは何の返答もありませんでした。YESやNOの返答さえないのです。今思いますと、彼は、色んな面で知識がなく、舌たらずだったのかもしれません。

実は2年間お付き合いした彼との会話はほとんどなかったのです。また、私は大卒ですが、彼は高卒です。身長も私の方が少し高かったのです。

彼は全ての面において私に劣等感を感じていたでしょうし、重荷だったかもしれません。

お見合いであったにもかかわらず、私は彼の両親に会ったこともありませんでしたし、家にも連れてってもらえませんでした。彼も私の両親に会ってくれませんでした。結局、こちらから交際をお断りして別れました。

イブに哀しい大好きな彼との別れ

クリスマスイブ 女性

3人目の男性は、私が31歳の時に出会いました。当時、東京都の小学校教諭をしていた母が、同僚の彼を紹介してくれたのです。彼は私より5歳も年下でしたが、パク・ヨンハに似たイケメンでした。

母は以前から私の写真を彼に見せて紹介していました。彼はずっと私にあこがれていたそうです。ですから、お互いにお付き合いを始めてからは、彼はものすごく私に夢中でした。もちろん私も彼と一緒にいると、すごく楽しいし、しあわせでした。

私にとってまさに理想の彼でした。私たちはすぐに深い中になりました。お互いに結婚を前提とした真面目なお付き合いをしようと決めていました。

彼とお付き合いをして一年が経とうとした時、私は、彼に「そろそろ結婚を考えたいから、私の両親に会って欲しい。私は、早く子どもが欲しいの。」と伝えました。

私は30歳を過ぎていましたので、できるだけ早く子どもが産みたいと思っていました。彼は、私の両親に会ってくれました。しかし、その一週間後のデートの時、彼が少し浮かない顔をしています。

二人で映画を見た後に、彼は突如、「あまり、いい話しではないのだけれど・・・。」とポケットから一枚の紙を取り出して私に見せてくれました。それは、離島(八丈島や小笠原諸島など)にある小学校移動の辞令でした。八丈島や小笠原諸島などの離島は、東京都に入るのです。

彼は、離島へは私を連れていけないといいました。その時、私は彼の言っている言葉があきらかにおかしいと思いました。お互いに好きであったなら、どこへ移動しようとも結婚してやっていけると思うのです。

彼の離島への移動は、校長からの一方的な命令であり、彼の希望していた移動場所とは、まったく反していました。

彼は、「離島への移動は校長のしうちだ。」と言っていました。

私は、彼が校長から嫌われていることは、母親を通して何となく分かっていました。結婚の話がでた時に、離島への辞令をもらった彼は、プライドを傷つけられたと同時に、結婚への不運を感じ、すっかり落ち込んでしまいました。

後日、彼は私に別れを告げてきました。その自信を失った彼の姿は今まで頼りになった彼の様子とは180℃違う、まるで5歳の子供のように見えました。

結局、彼とは別れました。

3人目の彼と別れた後、家に帰り、私は悲しくてものすごく泣きました。しかも、別れを告げられた日は、クリスマスイブでした。

お互いに結婚するつもりでいましたので、別れたことが本当に信じられず、彼のやさしかった時やさわやかだった時の思い出がよぎり、余計涙がでました。

今までにこんなに悲しくて泣いた経験はなかったと思います。彼の住んでいたアパートを知っていましたので、待ち伏せしようかと何度も思いました。

しかし、冷静になって考えてみました。離島に移動になったから、結婚できないという彼の意見はどう考えても変だなと思いました。

要するに、私に対する愛情が冷めて嫌いになっただけなんだと思いました。

結婚相談所を利用して結婚へ

父は、憔悴している私を見て、日経新聞にたまたま載っていた結婚相談所を紹介してくれました。結婚したいと思っていた私はすぐに申し込みました。

その結婚相談所を利用してみて分かったことは、結婚のことを真面目に考えている男性が本当にたくさんいるということでした。

それから私は、すぐに今の主人と出会い一年後に結婚しました。

3人目の男性と別れて思い切り泣いた後は、肩の荷がおりて楽になり、自分が少し強くなった気がしました。男性との別れは、できれば経験したくなかったのですが、私の人生の踏み台になりました。